エンジン・プロペラ

エンジンとプロペラの関係はオーディオで言うとアンプとスピーカーに例えることができる。アンプはいかに小さい電力で大きな出力を得ることができるか、また低音から高音まで安定した出力が供給できるかが性能の決め手である。また、スピーカーはアンプで作られた音の素を低音から高音までストレスなく再現することができるかによって製品の善し悪しが決まる。

エンジンとプロペラの関係もアンプとスピーカーに似てお互いの性能を発揮するためにはバランスが重要である。そのいずれも工作技術が性能を決めると言っても良く、日本はその点において欧米に較べて大いに遅れていたことは事実である。戦後アメリカ軍が進駐してきて日本製のプロペラを見て、「まだこんなのを使っていたのか。20年は遅れている。」と言われたほどである。

空冷エンジン

誉エンジン

エンジンは内燃機関であるためシリンダー内部で発生した熱を下げてやらなければならない。その冷却方式に空気で冷やす空冷方式とシリンダーの周囲に冷却液を循環させて冷却する液冷方式とがある。大馬力の空冷エンジンは、プロペラを回す軸の周りにシリンダーを配置する星形にするのが一般的である。写真のエンジンはハ45「誉」エンジンだが、9気筒ずつ前後に振り分けている。こういうタイプを複列(あるいは二重)といい、前の9気筒の気筒と気筒の間に後ろの気筒がのぞくように配置してある。ハ45「誉」であれば「空冷星形複列18気筒」と表される。

空冷エンジンのメリットは液冷エンジンに必要なラジエーター(冷却器)及びそのパイプ類が不要なため、同じくらいの出力であれば液冷エンジンより軽くできる。さらに、液冷エンジンはラジエーターに被弾するとエンジンが焼き付きを起こすが空冷エンジンにはラジエーターがない分被弾に強いと言える。 デメリットはクランク軸を中心に放射状にシリンダーを配するため正面投影面積が大きくなり、空気抵抗が増大する。また、エンジンの排気量を増やしパワーアップを図る場合、液冷エンジンであれば縦にシリンダーを追加すればよいが(つまり正面投影面積は変わらない)、空冷星形では1列の気筒数を増やす(例えば7気筒から9気筒)ことができなければシリンダーを大きくしなければならない。そうするとエンジンの直径が大きくなり抵抗が増えてしまうことから、パワーアップした分がある程度抵抗に喰われてしまうことになる。

液冷エンジン

ロールスロイスエンジン

馬力の小さな初期のエンジンは水で冷却していたが、馬力が上がるにつれて熱量も上がってきたため、水の沸点を上げてより多くの熱を奪うようにする工夫がなされた。冷却水にジエチルグリコール(ジエチルグリコール自体の沸点は244.3℃)を混入することで冷却液の沸点を上げて、冷却水の増大を抑えることができた。したがって、水冷エンジンのことを液冷エンジンと呼ぶようになった。

液冷エンジンのメリットは空冷エンジンの裏返しとなることが多いが、他には空冷エンジンにつき物の冷却フィンを含むシリンダー周りの鋳造が工数を増やすこととなっているが、液冷エンジンではそれほど細かい鋳造がない分大量生産に向いている面もある。

過給器

過給器

大気中の空気(酸素)は高度が高くなるにつれてどんどん薄くなる。気化したガソリンが濃すぎても薄すぎても燃焼(爆発)しないので、高空では空気を低空と同様の濃度でシリンダーに送る工夫が必要となる。その装置が過給器である。過給器には、回転軸からギアを介して動かす機械式過給器(スーパーチャージャー)と排気ガスのエネルギーでタービンを回す排気タービン式過給器(ターボチャージャー)とがあり、圧縮効率は断然ターボチャージャーのほうがよい。

空気濃度は高空ほど薄くなるが、機械式過給器は軸回転数に比例した一定の回転数なので圧縮率も一定となるため高度(空気密度)によって過給器の回転数を増減させなければならない。そこで圧縮器の羽根車を2段にしたり、回転数を2段階に変えられるようにしたものが作られるようになった。エンジンのスペックを見たときに「1段2速過給器」とか「2段2速過給器」と表示されているのがそれだ。しかし、いずれにしても過給器の回転数はグラフで見ると階段状にしか上がっていかないので燃料が濃すぎたり薄すぎたりしてしまう高度ができてしまうのはしかたのないことである。
ところが、ドイツの誇るダイムラー・ベンツ社のDB601エンジンは無段階に回転数を変えることができるフルカン継手(つぎて)の機械式過給器を装備した。DB601のフルカン継手過給器は2速だったが、1速と2速の間は無段階で回転数が変わった。大戦後期には日本のエンジンでもフルカン継手を装備したエンジンが開発されたが大量生産には至っていない。

離昇馬力、公称馬力

離昇馬力は呼んで字のごとく、離陸時に発揮される馬力である。スピードの無い飛行機は非常に不安定で、早く所定のスピードまで加速する必要がある。そこで離陸時はエンジンの最大馬力を使うことになるので、一般的には離昇馬力は最大馬力ということになる。当然、離陸は地上もしくは艦上から行われるので高度ゼロメートル(高地にある基地は別だが)であるから、空気の一番濃いところでの出力である。

一方、公称馬力は過給器付きのエンジンなら1速の全開高度での最大馬力が、また2速の全開高度での最大馬力が表示されることになる。公称馬力はより実戦に近いエンジンの最大馬力を表していると思えばよい。2速の全開高度が低いエンジンは高空が苦手な低空用エンジンと言うことになる。

ピッチ(プロペラ)

プロペラも主翼の翼型に似た形をしていて、回転することで前向きの揚力を発生して、これが推進力となっている。エンジン出力が小さく、スピードも200km/h前後だったころのプロペラならブレードのねじれ(ピッチ)は固定されていても問題にならなかったが、大馬力のエンジンを積んで500km/hを超すスピードで飛行するようになるとピッチをエンジン回転数によって変えてやらなければならなくなった。回転数が低いときはピッチの迎え角を大きくしないと所定の揚力が発生しないが、高回転になると小さい迎え角でも所定の揚力を発生する。ギアが1枚しかない自転車はこぎ出すのに力が要るし、スピードを上げようとしても相当速くこがないとダメだが、変速ギア付きの自転車はこぎ出しも楽にでき、スピードが上がってくるとギアを変えることでこぐスピードも抑えることができる。この原理と同様のプロペラは定速プロペラまたは恒速プロペラとよばれる。

二重反転プロペラ(コントラ・プロペラ)

単発機に大馬力のエンジンと大直径のプロペラを装備すると強いトルクで回転する方向へ引っ張られたり傾いたりする傾向が強く出てくる。空力的な処理としては垂直尾翼の面積を大きくしたり取り付ける位置を変えたりするが、プロペラ自身でトルクを打ち消す方式にしたのが二重反転プロペラである。双発機以上なら生産性に少々難があるが、同じエンジンで逆回転するものを作ればトルクを相殺できるので問題はないが単発機はそうはいかない。

二重反転プロペラの仕組みには2種類あって、イタリアの水上競速機マッキ M.C.72や日本陸軍が川崎に命じたキ64のようにエンジン2機を直結し、前方のエンジンの軸を中空にして後方のエンジンの軸を通し、それぞれの軸で逆回転するプロペラを回す方式と、1つのエンジンの軸でギアの組み合わせで逆回転する2つの軸を作りそれぞれがプロペラを回す方式がある。前者はエンジンの配置方法が特異で、後者のギアボックスで反転して回転する軸を作り出す方式が一般的である。ギアボックスでの二重反転プロペラは高度な工作技術を要するので、当時の日本では開発されたものの実用化されたものはない。