計画、試作に終わった機体

大戦中に計画された、あるいは試作された機体は陸海軍合わせて相当数存在する。ペーパープランの数で有名なのはドイツであるが、ドイツほどではないが日本にも様々な計画機、試作機があり、実用化されずに設計図面の中へと戻ってしまった。強力なライバルがいたため採用されなかった優秀な機体、時代を先取りしすぎたため見送られた機体、完成しても闘える場所が既に無くなっていた機体などなど。消えていった機体の多くは適当な大出力のエンジンがなかったため開発中だった幻のエンジンを追いかけて作られたものが多く、大出力エンジンの開発遅れがこれらの機体の誕生を阻んだ大きな原因となっている。

陸軍戦闘機 キ64

陸軍戦闘機 キ64

キ64は昭和15年10月に開発が開始された最高速度700km/h以上を狙った高速重戦闘機である。キ60、キ61の流れをくむ機体でキ61に搭載されたハ40を操縦席を挟んで串形に配置する変則的なエンジンレイアウトで高速に挑んだ。・・・・

陸軍爆撃機 キ74

陸軍爆撃機 キ74

陸軍は開発当初仮想敵国をソ連としていたため、バイカル湖の西をカバーする行動半径5,000kmを目標とする長距離偵察機キ74の開発を立川飛行機に命じた。立川は・・・・

陸軍戦闘機 キ83

陸軍戦闘機 キ83

中国大陸で奥地への爆撃が行われだすと、爆撃機に随伴して援護できる戦闘機がなかったため、相当数の爆撃機が被害を受け、第一線から長距離援護戦闘機の要望が高まった。陸海軍とも切実な要望だったので陸海軍共同開発の形でキ83の開発指示が三菱へ出された。・・・・

陸軍戦闘機 キ87

陸軍戦闘機 キ87

キ84疾風の発展形とも言えるキ87は、B29を迎撃するための高々度性能と強力な武装が求められた。エンジンはハ45より一回り大きいハ44(社内呼称BH)が選ばれ排気タービンが装備された。・・・・

陸軍爆撃機 キ91

陸軍爆撃機 キ91

キ91は昭和19年7月から設計がスタートしたが、同じような時季にアメリカ本土爆撃機が計画されていた。1つは陸海軍共同開発の富嶽であり、1つは企画院(内閣直属の物資動員・重要政策の企画立案機関、昭和18年11月1日に商工省と・・・・

陸軍戦闘機 キ94

陸軍戦闘機 キ94

中島のキ87とともに立川へ発注されたキ94は当初双発串形という奇抜な機体レイアウトで出発したが、全面的に設計を改めてオーソドックスな形式の機体として再出発した。立川飛行機は練習機や輸送機の生産あるいは他社の転換生産を行ってきた会社で、このキ94の受注は・・・・

陸軍特殊攻撃機 剣

陸軍特殊攻撃機 剣

終戦の年、昭和20年1月に試作命令が出された機体で、中島飛行機から陸軍に対して提案された単発単座爆撃がキ115「剣」である。陸軍の命令書に記載された特殊攻撃機という名称から、本機は特攻専用機として設計されたと思われているが、それは間違いであると主任設計者の青木氏は自著で反論している。

海軍艦上戦闘機 烈風

海軍艦上戦闘機 烈風

烈風の要求性能は5年のブランクを埋めるべく、零戦に比べてかなりの向上を要求されたのは当然であるが、軍令部から高度6,000mで最高速度345ノット(638.9km/h)以上、6,000mまでの上昇時間6分、火力と航続距離は零戦以上、航空本部からは格闘性能は零戦並みという数学・物理を無視した要求だった。・・・・

海軍局地戦闘機 陣風

海軍局地戦闘機 陣風

陣風の計画以前に17試陸上戦闘機J3Kが川西に発注されたが、海軍が搭載エンジンにハ43-11を要求し基本設計を進めた。ところが、ハ43はスーパーチャージャーを駆動するフルカン継手の故障が多く、高度8,000mで1,700馬力をだすことが困難になった。そこで、現用のエンジンでなんとか必要な出力を確保できないか試行錯誤したが、結局具体策が・・・・

海軍局地戦闘機 震電

海軍局地戦闘機 震電

震電は海軍技術士官の一部に操縦教育を行う制度で誕生したエンジニアパイロット5人のうち、鶴野正敬造兵大尉(昭和16年当時)が設計したエンテ型飛行機である。エンジニアパイロットとは、設計技術を持ったエンジニアが、戦闘機であれば・・・・

海軍夜間戦闘機 電光

海軍夜間戦闘機 電光

海軍夜間戦闘機「電光」は最初から夜間戦闘機として設計される日本で唯一の機体となったが、要求性能が過大だったのと夜間戦闘以外の機能も持たせようとした結果、機種削減の整理対象となり開発が中止された。高々度性能を確保するため、中島誉エンジンの排気ガスタービン付きを搭載しようとしたが、排気ガスタービンの実用化が不安定なので・・・・

海軍陸上攻撃機 連山

海軍陸上攻撃機 連山

連山の開発の前に同じ中島飛行機で13試陸上攻撃機として深山の開発が試みられた。深山はアメリカのダグラスDC4旅客機の製造権を買って爆撃機に改造しようとした・・・・

海軍陸上偵察機 景雲

海軍陸上偵察機 景雲

景雲は17試陸上偵察機(試製暁雲)として空技廠に開発命令が下された後、中止となって改めて18試陸上偵察機として開発することとなった機体である。17試陸上偵察機としての要求性能は、双発3座、最大速度時速360・・・・

海軍特殊攻撃機 橘花

海軍特殊攻撃機 橘花

橘花は潜水艦で日本に持ち帰られたメッサーシュミットMe262ジェット戦闘爆撃機とジェットエンジンBMW003AおよびJumo004Bの簡単な図面と説明書をもとに開発された日本初のジェット機である。機体設計は中島飛行機が・・・・

陸海軍共同開発戦闘機 キ200(秋水)

陸海軍共同開発戦闘機 キ200(秋水)

キ200(秋水)は、巌谷技術少佐がイ29潜に同乗してドイツ潜水艦基地ロリアンを出港し、苦難の末持ち帰ったメッサーシュミットMe163Bの機体及びエンジン設計説明書、ロケット推進薬の化学組成の説明書、翼型の座標値と巌谷技術少佐の・・・・

陸海軍共同開発爆撃機 富嶽

陸海軍共同開発爆撃機 富嶽

富嶽が正式に陸海軍で共同開発される前に、中島飛行機は富嶽開発のきっかけとなる自主開発機「Z機」を計画しており、この「Z機」と富嶽が混同されるがあくまで別の機体である。「Z機」とは、中島飛行機の創業者で当時国会議員だった中島知久平がじりじり押される戦局を憂い、・・・・

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