戦闘機(陸軍)

陸軍戦闘機の変遷は海軍戦闘機より外国の影響を強く受けていた。すなわち、欧州戦線のメッサーシュミットBf109やスピットファイアの活躍に注目し、いわゆる重戦思想に傾くのも陸軍は海軍より素早かったようだ。

陸軍主要制式機 戦闘機一覧

陸軍戦闘機

大東亜戦争中使用された制式機は、中島飛行機と川崎航空機の2社で設計された戦闘機である。陸軍の戦闘機思想の移り変わりが中島機だけみてもよく分かる。九七戦と二式単戦との差は歴然としているが、一式戦ははたしてどちら寄りだったのだろう。川崎航空機は陸軍のお抱えメーカーで液冷エンジンにこだわり三式戦で開花した。がしかし、こだわりすぎたため五式戦の登場が遅れることとなり、多くのパイロット達が嘆いた。

九七式戦闘機

九七式戦闘機

九七戦最初の装備部隊は寺西多美弥中佐率いる部隊で、3機配備されたその内の1機に加藤隼戦闘隊で有名な加藤建夫大尉(当時)が搭乗している。九七戦の名前を高めたのはなんといってもノモンハン事件で、ソ連空軍の繰り出す・・・・

一式戦闘機 隼

隼2型

九七戦の後継機として発注された一式戦(隼)であるが、その要求は1.最高速度毎時500km以上、2.上昇力は5,000mまで5分以内、3.戦闘行動半径400~600km、4.運動性能は九七戦と同程度、という内容だった。最高速度をアップさせるには・・・・

二式単座戦闘機 鍾馗

鍾馗

一式戦(隼)は格闘戦の極致である九七戦の影を追い求めたのに対し、二式単戦(鍾馗)は最大速度毎時600km(4,000m)以上、上昇時間5,000mまで5分以内、行動半径600km、武装は胴体7.7mm機関銃×2、翼内12.7mm機関砲×2という重戦闘機の性格が色濃く出た要求性能だった。・・・・

二式複座戦闘機 屠龍

屠龍

長距離援護ができる戦闘機の随伴が無かったときは昼間でも出撃できたが、護衛戦闘機が随伴してくると双発戦闘機は夜間爆撃してくる爆撃機の迎撃へと再度転用された。夜間戦闘機の誕生である。屠龍も海軍の月光と同じく・・・・

三式戦闘機 飛燕

飛燕

三式戦(飛燕)に搭載されたエンジンはダイムラーベンツDB601Aをライセンス生産したハ40である。ダイムラーベンツからDB601Aの製造権を得るためにドイツへ打診すると、すでに日本海軍へ製造権を譲渡したので海軍と話をつけたらよいのでは?という返事が返ってきた。・・・・

四式戦闘機 疾風

疾風

寸法的に似通った一式戦(隼)と四式戦(疾風)を比べると出力の大きなエンジンを搭載する機体はこうも違うのかが見えてくる。隼の全幅=10.84m、疾風の全幅=11.24m、同様に全長は8.92mに対して9.92m、全高は3.6mに対して3.38m、主翼面積は21.4㎡に対して21㎡、・・・・

五式戦闘機

五式戦闘機

三式戦(飛燕)の液冷エンジンハ140を空冷エンジンハ112-Ⅱに換装して生まれたのが五式戦闘機である。三式戦(飛燕)から五式戦への生まれ変わりには幸運だけではかたずけられない偶然が重なった。一番大きな問題は、・・・・

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