局地戦闘機(雷電)

大型爆撃機を邀撃する専門機として開発された雷電だが、実戦配備された頃には練達のパイロットが少なく、未熟な操縦技術では少々もてあます機体だったようだ。しかし、敵国米軍の評価は高く、インターセプターとしての配備時期、生産期数の少なさは悔やまれる。

局地戦闘機(雷電)諸元

局地戦闘機(雷電)

雷電二一型J2M3雷電三三型J2M5
エンジン空冷14気筒 三菱火星二三型甲(離昇馬力1,820HP/2,600r.p.m 公称馬力1,520HP/4,100m)空冷14気筒 三菱火星二六型(離昇馬力1,800HP/2,600r.p.m 公称馬力1,310HP/7,200m)
最大速度596.3 km/h(高度5,450 m)614.5 km/h(高度6,585 m)
航続距離2,519 km(増槽あり)全力0.5時間+巡航2.4時間
全幅10.80m10.80m
全長9.695m9.945m
全高3.945m3.945m
主翼面積20.0㎡
自重2,490kg2,510kg
全備重量3,440kg3,800kg
上昇時間6,000mまで5分38秒8,000mまで9分45秒
武装20mm機銃×4(携行弾数各200発)
爆弾30または60kg×2

局地戦闘機(雷電) こぼれ話

局地戦闘機(雷電)は基地防空用戦闘機、いわゆるインターセプターとして上昇性能、最高速度を重点に要求された機体である。零戦のような航続性能、格闘性能は要求されていなかったので、脂ののりきった堀越技師たちにはまさしく腕のふるいどころであった。海軍から内示があったとき一番困ったのは適当なエンジンがなかったことである。当時使えそうなエンジンは、三菱の「十三試ヘ号改」(火星)か愛知の「十三試ホ号」(DB601Aの国産化エンジン熱田)であったが、堀越技師は航空本部にて「十三試ヘ号改」(火星)は外形の割りに出力が低く、「十三試ホ号」(熱田)は原型のDB601Aより性能が落ちるためどちらも局地戦闘機の要求を満たすエンジンとは言えないと和田技術部長らに報告している。内示から7箇月経った昭和15年春に14試局地戦闘機の計画要求書が三菱に届き、内示より最高速度、上昇力が若干アップし装備エンジンが昭和15年9月末日までに審査合格の空冷式となっていた。この条件に合致するエンジンは必然的に「十三試ヘ号改」、後の火星エンジンしかなく自動的に決まってしまった。このエンジン選定結果について堀越技師は、「零戦のエンジンより出力が高く、かつ外形はそれより小さいものが欲しく、あのときほどマーリンエンジンを羨ましいと思ったことはない」と述懐している。

雷電の特徴として太い胴体が上げられる。雷電の設計に取りかかる前に空技廠から「星形発動機の抵抗少なき装備法」という研究報告が成されていた。胴体をエンジンナセルに合わせて無理に細くせず、機体全長の約40%の位置を最も太くするようにしたほうが形状抵抗が減り、全体としての空気抵抗が減るという理論だ。前縁半径を小さくし前縁から35~40%位置に最大翼厚をもってくると揚抗比の高い翼型となる層流翼理論と通じるところがある。この研究報告に基づいて設計された機体は、雷電の他強風、一式陸攻などがある。しかしながら、不本意なエンジン選定からくる振動問題とともにこの太い胴体が原因の視界不良は、雷電の実用化を遅らせた大きな原因となる。

実用化を遅らせた振動問題は、試作機が飛んで1年後にプロペラの剛性不足が原因でおこることが判明しある程度我慢のできるところまでこぎつけたが、もうひとつの視界不良は設計者を責めるわけにはいかない。飛行機を製作する途中で図面通りに木で実大模型(モックアップという)を作り、実際に搭乗して各方向の視界、計器類の視認性、機銃やスロットルのレバー類の操作性などを確認する審査がある。雷電の木型審査では視界について注文は出ずあとになってどうも見づらいとテストパイロット達が言い出した。日本のパイロットは視界や舵の軽さ(重さ)について神経質なほど細かく要求することが多かった。自分が操り命を預ける兵器だから無理もないが、欧米のパイロットは雷電くらいの視界についてはたぶん文句は出なかっただろう。振動にしても視界にしても完璧を求める余り、兵器として追求すべき事柄が見失いがちになったことは残念でならない。

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