金属製と木製

飛行機の創生期は木と布が主材料だった。言わば現代の模型飛行機(ラジコン機など)を人が乗れる大きさに拡大したようなものだった。

ところが、飛行機の性能が上がるにつれて、つまりより速く、より遠く、より強力な武器を搭載できる飛行機が要求された結果、高性能に耐えうる機体材料が開発されるようになった。それが、金属すなわちアルミ合金である。

全金属製飛行機の出現

全金属製飛行機の出現前に、構造材の一部に鋼管を使用した鋼管羽布張りと言われる構造の機体があった。機体重量の増加に伴い強度を受け持つ部分にそれまでの木製品に替えて鋼管を使用する機体である。しかし、外皮は依然として布を使用していた過渡期の機体である。この構造を持つ機体で著名なのがイギリス空軍のホーカー「ハリケーン」である。

鋼管羽布張りの機体は、骨組みで負荷を受け止め外皮である布は単に整形のためだけであったので、益々増加する機体重量にこの鋼管羽布張り構造ではさらに重量が増加することが見込まれ、根本的な構造の変革が必要になってきた。

そこで考え出されたのが応力外皮構造(モノコック構造)である。単に整形のためだけに使われていた布に替えて金属を使用することにより、外皮にも負荷の分担をさせ骨組みの構造部材の重量を軽減させようとする理論である。それまで使用していた鋼管(鉄)に替えてアルミ合金が使用されることとなった。アルミニウムは鉄ほどの強さはないがなんと言っても比重が鉄の約35%と軽いのが最大の特長である。

当然アルミニウムに様々な金属を添加して、弱点である曲げや引っ張りに対して強い合金にするための研究が続けられた。その研究が実を結んだのが、住友金属工業が開発したESD(超超ジュラルミン=Extra Super Duralumin)である。それまでの超ジュラルミンに亜鉛を加えたのが特徴で、超ジュラルミンより高い引っ張り強度と耐圧力性を得たが、時間とともに割れなどを生じることがあった。しかし、飛行機は消耗品と考えられたので問題とされなかった。

航空燃料

奇跡のエンジンと言われた中島製エンジン、陸軍名称「ハ45」、海軍名称「誉」は高ブースト圧、高回転のエンジンであるため、滑油、燃料とも最高のものが要求された。事実海軍は中島の要求を聞き入れ、92オクタン以上のガソリンを精製する工場を建てて終戦間際まで生産したが、陸軍にはその工場は伏せられ、最後までその恩恵に与ることはなかったという。

再び木製機へ

戦争が長引くにつれ、アルミニウムの原料であるボーキサイトの入手が困難となり、ジュラルミンの生産が極めて難しくなることが判明し、ジュラルミンに変わる材料が必要となった。しかし、鉄を主原料として飛行機を製作すると磁性を持つため、コンパスなどの計器類に悪影響を及ぼすので、全部置き換えることはできなかった。しかも、鉄に混入するマグネシウムや錫などの金属も入手が困難となったのでなおさらだった。

そこで考えられたのが木製飛行機である。全木製飛行機と聞いて一番に思い浮かべるのがデ・ハビラント社の「モスキート」である。モスキートは最初から木製機として設計された機体であったので、ロールス・ロイス「マーリン」エンジンの優秀性と相まって、素晴らしい性能を発揮した。

しかし、日本では新しく設計する時間もないことから、既存の機体をベースに部分的に木製に置き換えようとしたが、どれもモノにはならなかった。新設計の機体としては川西の全木製飛行艇があるが、長大な主翼を支える主桁を作ることができず途中で断念している。

全木製飛行機の特徴

必要な強度を得るためにジュラルミン機よりどうしても重量が増加してしまうのが弱点だ。したがって、その重量増加を補って余りあるエンジンの出力が必要となるわけだ。

ジュラルミン機では外板は1mm以下の薄板を使用するので、どうしても凸凹ができてしまい、特に主翼の抵抗が増えてしまう。ところが全木製機は合板(ベニヤ板)で整形するため表面が滑らかに仕上げることができ、抵抗はグンと減り、主翼もその設計に近い性能を発揮することができる。

サブコンテンツ

FX人気商品

このページの先頭へ