固定脚か引込み脚か

飛行機創生期から第一次大戦あたりまでは軍用機は勿論、民間旅客機も固定脚であった。ところが、第一次大戦が終わり、第二次大戦までの間に飛行機は急速に近代化していく。その変化の象徴として、低翼単葉、全金属製とともに引込み脚が挙げられるようになった。

ならば、固定脚は古さを表し、引込み脚は近代化の象徴と断定できそうなものだが、果たしてそうだったのか少々検証してみたい。

それぞれの特徴

固定脚は主翼の構造部材としっかり接合されているので、着陸にかかる衝撃に強いと言える。しかも、比較的直径の大きめなタイヤを装着しているので、不整地への着陸も容易であった。また、可動部がないので故障が発生せず、修理や整備に費やす時間は少なくて済む。副産物として、脚を収納するスペースが不要のため、翼内に燃料タンクを設置する場合は、容積を確保しやすい。

マイナス面として、飛行中は常時脚が出ているので空気抵抗が大きく、最大速度に大きな影響を及ぼす。

引込み脚の最大の特徴は、空気抵抗の低減にある。これによって、最大速度を大きく得ようとした。

マイナス面は、引込み脚を採用することで、脚の上げ下げをする機構(油圧若しくは電動)を余分に装備せねばならず、修理や整備に費やす時間を取らなければならなくなった。脚の強度は必然的に固定脚より弱く、着陸時の事故でパイロットの命を奪うことも少なからずあった。

固定脚から引込み脚へ

固定脚から引込み脚へ移行していった背景には、高出力エンジンが作成できるようになったことが大きい。加えて、木や布に代わる軽量強靱な金属(ジュラルミン)の開発も拍車をかけた。余剰馬力が増大すると少々全備重量が増えても性能低下は低い。引込み脚の最大デメリットである重量増加と引込み脚の最大メリットである空気抵抗の低減を天秤に掛けると、空気抵抗の低減を選択する方がよいという答が出たのである。

しかし、この動きは戦闘機が先行し、爆撃機や攻撃機などは固定脚の機種が多く見られた。ドイツ・ユンカースJu87、イギリス・ソードフィッシュ、日本海軍・九九艦爆などは大戦を通して使用された。

引込み脚にして性能低下?

昭和14年のノモンハン事件を契機に、満州における軍需品の自給自足体制を確立させる気運が高まり、飛行機製造も当然含まれることとなった。しかし、新型機の開発は情報の集まりやすい東京で行われることとなり、満州飛行機にキ71の開発が下命された。

キ71は三菱が開発したキ51九九式軍偵・九九式襲撃機を基礎として、エンジンを950馬力のハ26二型から、1,350馬力のハ112に換装し、固定脚を引込み脚へ変更したものだった。新機種というよりキ51の二型の作成といったレベルである。約42%出力を増大させて引込み脚に変更する際の重量増加を吸収し、かつ空気抵抗を減らすこの改造は理にかなったものだったが、実際は失敗に終わり試作機の製作までで開発は中止となった。

出力を増大したエンジンを搭載し、引込み脚に改造したことにより、構造各部を強化したことによる機体重量の増加が思いの外大きく、最大速度の向上も僅かであった。しかも、引込み脚の収納部分を主翼内に作ったため、燃料タンクの容量が減り航続力も低下してしまった。

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